Stories
ヒュウガトウキあれこれ
主に口伝で語り継がれてきた幻の存在、ヒュウガトウキ。その存在は、近代に至るまで公には知られず、またその名前さえも不確かなものでした。ここでは、そうしたヒュウガトウキの逸話を採集した「あれこれ」をご紹介します。この先、まだまだ新たな展開があるかもしれないヒュウガトウキについて、お気づきの点があればぜひ私たちに教えていただけましたらうれしいです。
日本が誇る大植物学者が生んだ「ヒュウガトウキ?イヌトウキ?」命名論争
実は、「ヒュウガトウキ」という名前が定まるまでにはさまざまな紆余曲折がありました。その大きな理由は、日本における植物分類学の父とされる牧野富太郎先生がヒュウガトウキを「イヌトウキ」と混同して定義づけてしまったため。他ならぬ大先生による命名のため疑いの余地がなかったようですが、生息地や含有成分、葉の形や色の違いから、1971年正式にヒュウガトウキとイヌトウキは別物であり、かつ九州の一部を自生地とする「ウヅ」の名で知られた薬草こそがヒュウガトウキであると同定されました。しかし、いまなおその誤認は完全には解けず、名前の錯綜は続いているようです。
ニホンサンニンジン?ヤマニンジン?チョウセンニンジン?
こちらも上記同様に、ヒュウガトウキの別名、そして誤用されてきた名前たちです。すこしややこしいのですが、ニホンサンニンジン、ヤマニンジンはヒュウガトウキの別名として正しく、この中での誤用はチョウセンニンジンのみです。根っこを含む全容がよく似ていたことからチョウセンニンジンと勘違いされたために、はっきりとした区別をつける意味でニホンサンニンジンとの名が生まれたようです。ヤマニンジンとは、現地の人による通称です。
和名「ウヅ」の由来
定かではありませんが、一説によるとヒュウガトウキが自生する宮崎県高千穂の一帯が天孫降臨の地であることから、天岩戸伝説にまつわる「アマノウズメ」の名をいただいたとされています。
日本にしか自生しない「和品」
「薬の本(もと)となる草」と書く本草学は、江戸時代初期に中国から伝来し、主に薬用の観点から植物、動物、鉱物などの自然物を研究する学問です。同様にもたらされた中国の書物『本草綱目』を教本としたことから、中国に生息する植物は日本にも生息するという発想があったようですが、ヒュウガトウキは奇しくも日本のみに自生する固有種(=和品)。こうしら背景からヒュウガトウキと、外来の別種との混同が招かれたことも不思議ではありません。後世で牧野富太郎先生は、「日本当帰は日本産の当帰の意味で、支那の冬季とは別物であるからである。従って単にトウキというのはよくない」と強い口調をもって日本産と中国産のトウキは別物であると強調しました(厳密にいえば、日本産のトウキもさらに分類され、奇しくもその一端を先生が担うことになるのですが)。
「嫩葉」を食す?
ヒュウガトウキは、幕末三大本草学者のひとりに数えられる賀来飛霞(かくひか)によって採集されます。地元の方言で「ウヅ」と呼ばれたこの植物は、記録によると「嫩葉(どんよう)」すなわち新芽を食していたとされます。どのように調理したかの記載は残されていませんが、後世の聞き取りでは、葉は佃煮やおひたし、胡麻和え等、根は天ぷらやきんぴら等にして食されたことが記録されています。現在ではサプリ、お茶として服されることが主であり、ヒュウガトウキ農家の方は農作業の傍ら、熱湯でさっと淹れたお茶を飲まれているのだそうです。
血の道をよくする?
ヒュウガトウキに冠された「トウキ(=当帰、カラトウキ)」それ自体も植物のいち品種です。「当(まさ)に帰る」、すなわち「女性本来の身体に戻る」から来たもので、血の道とされる婦人の血に関係する症状を解決する作用があるとされます。この薬草もまた世界各地に脅威的な薬効を示す伝説が残り、中国最古の薬物学書『神農本草経』にもその薬効が記載されています。ヒュウガトウキとトウキは同じセリ科シシウド属のファミリー・ツリーに配される別種ですが、同様に血の道に作用することから、現地では妊婦に葉を食べさせたという記録が残ります。
身体治癒に幅広く作用する、副作用なき食薬
「YN-1」の名称で知られるイソエポキシプテリキシンを含有するヒュウガトウキ(根)は平成14年に厚労省が正式に医薬品として認定しました。その効能は前述の婦人科系疾患にはじまり、自然免疫に重要な役割を担うナチュラルキラー細胞の活性化作用、抗がん作用など幅広い効果を有することが明らかになっています。特筆すべきは、自然由来のヒュウガトウキの薬効は副作用がないこと。これは2002年、社団法人北里研究所メディカルによる研究によって発表されました(※ただし、服用する薬との組み合わせなどによりアレルギーを発症する可能性が稀にあります)。
参考文献(順不同)
『高千穂採薬記 高千穂採薬記の周辺』賀来飛霞、澤武人著(鉱脈社)
『健康・栄養食品事典 : 機能性食品・特定保健用食品 2008改訂新版』 林輝明、吉川雅之監修(東洋医学舎)
『牧野日本植物図鑑』牧野富太郎著(北隆館)
『百華繚乱 : 日本山人蔘伝道記 新版』野元多津子著(瓢箪座)
『神の草日本山人参:いま-いのちが蘇える』水野修一著(東洋医学舎)
『”幻の秘草”日本山人参 : 健康を願うすべての人に届けたい』野元多津子著(文芸社)
『和ハーブ図鑑』古谷暢基、平川美鶴著(和ハーブ協会)
執筆:小泉 悠莉亜
撮影:Stefano Cometta