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密かに継がれた在野の知恵、ヒュウガトウキの力。
健やかな生を全うすること。それは古今東西、貴賤を問わず、多くの人に望まれてきました。
門外不出の秘薬として持ち出しを禁じられたヒュウガトウキは、まさに「不老不死の仙薬」「神の草」として珍重に扱われ、人々の生活を支えたとされます。主に口伝の教えのため史実の表舞台に堂々と立つ場面は限られましたが、「不老長寿」と信じられるほど広く病に作用し、人々の治癒に貢献してきたことは想像に難しくありません。確かなものはなにひとつない時代から、知恵として受け継がれてきた実証と信頼がそこに見て取れます。
そうした薬草と人、忌み恐れられた病や死との結びつき、そしてヒュウガトウキの効能についてお話を伺います。話し手は日本国内のほか20カ国以上の国へ渡り、土地に根付く薬草文化を探して旅する薬草調合師であり、TABEL代表の新田 理恵さんです。
不老不死を薬草に求めて
――ある特定の時代まで、人々は、現代以上に「生」に執着していたように思います。それというのは、病や死は必ずしも治癒する見込みがあるわけではなく体の不調は必然的に「死」と結びついていたことに理由がありそうです。
新田:そうですね、時代を問わずこれまでもたくさんの人が不老不死を求めてこられました。そのひとりに、ヒュウガトウキの別名「徐福草(じょふくそう)」としてその氏名が冠された徐福さんがいます。彼は秦王朝の始皇帝の厳命を受け、3000人の童男童女とともにはるばる海を越えて日本に上陸しました。目的はまさに「不老不死の仙薬を探すため」です。
同様に、遣唐使として来日した空海(弘法大師)さんもまた不老不死の妙薬を訪ね歩いたと言われています。徐福とは打って変わり彼は水銀に着目したようですが、現代人である私たちからすると、これが明らかな猛毒であることは明白です。科学の目が入らぬ時代でしたので、こうした思い違いも往々にしてありました。
――「毒も使い方によっては薬になる」とは言ったものですが、不老不死を追い求めるがあまりの必死さとしても取れます。
新田:「健康に生きたい」という気持ちは、本能的で、根源的な願いとして誰しもが求めるもの。自分自身が病に臥したときにこそ健康の大事さをあらためて気付かされます。また身内や知人が体調不良に陥れば、治癒のために心を砕くのも、やはり健康に生き延びることを第一に考えるからのことです。
薬草は、そうした苦難の折に「なにかをしてあげたい」という純粋な気持ちに支えられた「はじまりの医療」として用立てられてきました。セルフメディケーションと言い換えることもできます。いずれにせよ、おばあちゃんの知恵として、名も知らぬ先祖から脈々と受け継がれてきた在野の教えは、真に必要にされたために淘汰されず、こうして後世に密かに伝え継がれてきたのでしょう。
弱った生命に手を差し伸べ、健やかな生命は静かに見守る
――ヒュウガトウキもそうして民間に細々と伝承されていった秘薬のひとつですね。
新田:はい。門外不出の妙薬ということで、実はその存在は近代までほぼ明らかにされていませんでした。山間部のように人里離れた土地に生息していたためにごく一部の人のみがささやかに扱ったことから始まり、何百年もの間、多くのプラクティスを経て、地域の人々の間に限ってその効果が語り継がれてきたのだと考えられます。時代がさらに下った江戸時代には「薩摩藩の秘薬」とも言われたそうですね。
――民の知恵が、お上の保護下に置かれる理由とはなんだったのでしょうか。
新田:ひとつは貴重であること。そして、薬効が非常に高かったためだと考えられます。ヒュウガトウキは、たとえば高血圧や高血糖、炎症などに広く作用し生活習慣病の改善に寄与します。これは平成14年になって、遅ればせながらようやく生薬としての効能が厚生労働省に認定されたことからも分かる通り、確かなエビデンスに裏付けされています(登録項目はヒュウガトウキの根のみ)。
当時の人は、土地の経験や実績、自らの身体への影響力をもってその薬効を知っていたのでしょう。そしていつの時代からか「不老長寿の妙薬」などと謳われ、実際にその効果が求められたのであればヒュウガトウキはまさにその願いを叶えるものだったのかもしれませんね。人の基本機能における代謝や消化などのベースコンディションを整えますから。
――ヒュウガトウキをはじめとする薬草の効果とは、西洋医学を基礎する薬とも異なるのでしょうか。
新田:西洋医学やそれに関連する薬は対処療法を得意とするため、急を要する事態や外科手術に向いています。一方で、民間医療や伝統医療に紐づけられてきた薬草はゆるやかに効くため分量や用法を誤ってもある程度であれば身体に重要な過ちを犯しません。
ヒュウガトウキでいえば代謝や血糖などの高すぎる数値を回復させる作用がありますが、数値が正常値にあるときは作用しません。アンバランスには効くけれど、バランスが保たれていれば不必要なことはしない。そんな子です。
――植物のやさしさ、やわらかさのようなものを感じます。
新田:面白いですよね。私たちの身体はもともと回復力をもっていて病気になっても数日寝れば段階的に治癒します。ですが、その回復スピードをさらに早めたり、人間ひとりの回復力のキャパシティを超えてしまったりする場合にも、薬草たちは驚くほどの力を貸してくれます。それも「魔法かな?」と思うほどの奇跡的な力で。
その魔法は、ヒュウガトウキの苦みにも言えます。「今、ここに在ること」をはっきりと意識させてくれる。はっと目覚めさせ、自分の身体と心、意識をつなぎ直す。
健康とは、精神と身体、社会的つながりの3要素の上に成り立つとされますが、ヒュウガトウキはその基点となるものたちをしっかり奮い立たせてくれる。この力を昔の人が知り必要としたのだと思うと、人と植物が共生してきた「薬草の旅」に驚き、その文化を私たちもともに継ぐことの使命を感じます。
話し手:新田 理恵
TABEL株式会社 代表。
管理栄養士、国際薬膳調理師。古今東西の多角的視点から食をとらえ、食品開発や講演を行う。2014年に伝統茶{tabel}を創設。2018年より薬草大学NORMも運営し、薬草文化のリバイバルを目指す。著書に「薬草のちから(晶文社)」がある。
聞き手・執筆:小泉 悠莉亜
撮影:Stefano Cometta